2022年遊んだゲーム

■←一昨年★←去年 十三機兵防衛圏 (45)発売当時から気になっていたタイトルだったのでやれてよかった。設定設定設定のSF感があってすごかった。疲れた。世の評価ほどは評価してないです。 THERE IS NO GAME (10)よかった!好き!バグ(?)が直ってるかどうかは知らん。 STRANGE TELEPHONE (4)絵本の中を歩くように楽しんでくれと言われたのでそのようにしました。横スクロール、絵本、生成、なるほどね。個人が頑張って作ってそうなのよかった。 DICEY DUNGEONS (3)ローグライク。まだやりこんでない。 Splatoon3 (85)なかなか成長を実感できません。サーモンランばっかやってる。シャケとラスボスとサーモンランの関係性を一切わかっておらず、友達に解説されて「本当にSplatoonやってる?」って言われました。 ポケットモンスターバイオレット (70)今作はあんまり好きなポケモンがいなかったけど楽しかった。推しポケモン、アルクジラです。図鑑埋めたいけど、片っ端から杭やら進化条件やらネットで調べるのか……、と思って手が止まっている。そうこうしている間に手が遠のいてしまいそうだしアルセウスもまだクリアしてねぇ。歳を感じるわ。ここだけの話ですがボタンちゃんにかすかに、しかし力強い……を感じています。でもテキスト回収するには新しいパッケージ買わなきゃいけないんだな……。当たり前だけど……。YouTubeで見ろって?まぁそうなんだけど……そうしたらもうこの己だけの感覚は手の中をすり抜けていっちゃうからさ……。 天鳳・雀魂 (イッパイ!)今年は四段五段、雀豪2まで昇段できて、麻雀を始めてから目標にしていた段位に登れて本当に嬉しかった。毎日一戦は打つのが習慣づいたところもよかった。ゲームとしての麻雀、大事にしていきて。まだまだ強くなりたいっす!鳴き読み、着順取りなどこれから上達できる部分はたくさんあるし面白いところだと思っているので、雀聖、さらには鳳凰卓を目指して頑張るぞ!点数計算もなんとかする。そのうち。オフライン麻雀も……うん……そうね……見てみたいプロはいっぱいいるんだけど……。麻雀フレンド、引き続き募集しております。 今積んでる 今年はあんまり本数やらなかったなー。

精神に関わる病って、日常生活に支障をきたすことが定義になるらしい。私もこれって病気かもなと思ってるほど苦手なことがある。 一人で外食すること。 最近土曜日は大学に通っている。その大学のある街に訪れるのは初めてだけど、名前はよく聞く賑やかな街だ。駅前にアーケード街があって、大学の前の広場ではよく何かの催事がやっている。もちろん飯屋も多い。講義が終わると昼過ぎになる。めちゃくちゃ昼ごはんを食べて帰りたい。 でも帰るまでの道のりで、どこで食べて帰るか決められない。知らない街には知らない店しかない。わざわざ食べログを調査するほどでもないし。メニューもわからない店頭の雰囲気なんてあいまいなものでお店を決めて失敗して悲しい気持ちになりたくない。並んでいるお店は多分おいしいんだろうけれどそうまでして食べたいかっていったらそうでもないし、それで味はよくてもお客さんが迷惑な行為をしていたり店員さんがどなられたりするのを見たら嫌だし。一店一店そういう減点方式で却下していくうちに全ての店は背後に過ぎ去り駅につき、そのままいつも通っているスーパーに寄って惣菜を買って帰り家でお米を温めて食べる。 この前の帰り道も空腹を押さえながら駅までの道を歩いていたら、この先には丸亀製麺があることを思い出した。 チェーン店には「ありがたいけど、ここまで美味いと逆に人をダメにしてしまうのでは?」というメニューが稀に存在しますが、丸亀製麺の焼きたて肉うどん(+生卵)はまさに“それ”です pic.twitter.com/k4mk1h4U7y — 店長@イチコマ (@ten_cho_u) November 12, 2022 チェーン店はまだいい。知らない街にあっても知らない店じゃないから。そこまでおいしくなかったとしても、この情報の正誤を確かめたという価値がある。その価値は次に行く知らない街でも役に立つ。 あと肉うどんが食べたい。肉うどん好きなんだ。家ではうどんって作り置きができないからあまり食べないけど。そう、この家では作らないというのもポイントが高い。 これだけ条件が揃ったなら今日の昼ごはんは丸亀製麺だと意気揚々と向かったが、そこにあったのは花まるうどんだった。 しかし私は諦めなかった。Google mapを起動する。これだけ賑やかな駅前なら丸亀製麺くらいあるんじゃないかと思ったのだ。果たして大学の前に丸亀製麺はあった。天才的なフォローだ。もし席が空いていたら、お店で少しのんびりして講義の復習をするのもいいな。 改めて意気揚々と道を戻って丸亀製麺に向かうと、店の前まではみ出すほど人が並んでいた。でもくじけない。私は肉うどんを食べるんだ。 嫌な予感はあった。店の前のメニューには肉うどんがなかった。しかし私の後ろには既に家族連れが並んでいる。もう後には退けない。 注文する客の回転は早かった。一分後、私のお盆の上には明太釜揚げうどんが乗っていた。そして私は現金をほとんど持っていないことを思い出した。心臓がばくばくする。交通系ICカードくらい使えるだろうと思う。でもわからない。丸亀製麺には普段いかないから。ICカードもワオンも使えなかったらこの釜揚げうどんはどうしたらいいんだろう。あと釜揚げうどんってこういうものなの?つゆないの? ICカードは使えた。つゆは貰えなかった。レジの人が気がついて「あれ!つゆがないよ!ごめんねお客さん、ちょっと!つゆ!」と言ってくれるのを待ってたのに。 うどんを引っ掻き回したけど明太子と生卵の味しかしなかった。テーブルの上に醤油のボトルがあったからそれをかけた。機転がきいている。 そのうちお腹がちくちくしてきた。そうだ、講義を受けていた時からちょっと痛かったんだ。でもまだうどんは残っている。もういらないのに。肉うどん。食べたかった。なんで釜玉うどんにしちゃったんだろ。もうちょい似てるもの頼めばよかった。だってつゆがついてこないなんて知らなかったんだもの。講義の復習?そんなもん家で落ち着いてやるに決まってる。 なんとか口の中に押し込んで逃げるように店を出た。 最近外でご飯を食べるときの気持ちはいつもこんな感じ。何故か途中でお腹痛くなってきちゃう。 病気かもしれないな。

習作01(作品置場のタイトルどこにおく問題まだ解決してません) 課題:泣けるシーン 原稿用紙300枚程度の物語の一部で1200字前後とする 書いた感想 最初はこれで書こうと思ったんだけど、元ネタの方のテキストファイルを開いたらそっちのほうが出来がよかったので勿体なくなって課題を生贄に元ネタを再生させた。 そしたら泣ける話って何を書こう……と思って、自分がどんな時に泣いたかを思い出したり、人がどんな時に泣くかの連想ゲームをやったりしたけど、結局直近の出会ったシーンから妄想して書くことにした。こういうのどこまでフェイクを入れればいいもんなんだ。手癖で動物を殺したわけではないんだょ……。 工夫は、最初別の視点人物を立ててたけど泣けるシーンがテーマだったので視点人物=メイン人物に直したところ。 わかんなかったところは、熱中症の叙述を入れるべきかどうか。直接的すぎたかな。 講評を受けて書いてみたら自罰のしんどさみたいなものを書けてるかなと思ったんだけどそれに寄せた書き直し(寝付けなかった理由のところとか)が必要だったのにツメが甘かった。あと書き直してる途中で直したから線がつながってないところがあって(ヒヨドリと都会の部分)これもよくなかった。直す。 一人称の際は一人称でわかることしか書いちゃいけないよ問題、存在は知ってるんだけどいまいちどこまで許されるのかいまいちわかってないので普段からぶれてそう。最後手前の段落褒めてもらえたのはエモを得意とする同人作家っぽい。 11/17 再校

人間―動物文学の研究(途上)

動物文学の勉強をしてるんだけど、ちょっとずつ文献を読み進めているのでまとめてみる。適宜更新していきます。 とはいえ、動物文学という言い方をするとマジモンの動物が主役の文学(シートン動物記とか)が出てきちゃってちょっと興味の方向性と違うことに気がついた。 動物文学 – Wikipedia 動物と人の関係性に注目して文献を探すと好きな方向の研究ができそう。そういう文学の用語は知らん。人間―動物文学。 捕食被食関係 性食考 子どもの本と〈食〉物語の新しい食べ方 必ずしも人間は食う側ではない。哺乳類は系統的には被食者の側の生き物ですからね。 子供向けの物語によく出現するっぽい。 動物文学はその性質として児童文学の分野と結びつきやすく ってテキストがさっきのWikipediaにもあるけどここの関係性は必然ではないと思う。例えば子供に動物のぬいぐるみを与える(性食考)など。不思議なので調べる。 獣姦 聖なるズー 性食考 昔話のコスモロジー ひとと動物との婚姻譚 (小澤俊夫の昔話講座) 犬婿入り 一番興味あります!(大声) 実は愛玩動物としての地位や搾取暴力の対象よりずっと歴史のある関係性。日本や非西洋の神話・昔話には「原始的な感覚」としての動物と人間が渾然一体となった世界観が存在するため。でもそういった世界観と現代の獣姦へのタブー感(聖なるズー)とは相当な断絶がありそう。 搾取や暴力の対象 動物の声、他者の声 風媒花 奇妙な仕事 馬 飼育 今頑張って読んでおります。 動物は語らない、動物は書かない、動物は歴史を持たない、動物は世界が貧しい、動物は罪の自覚を持たない……。これらの《動物》を意味づける言説が、私たちの生きる世界をどれほど根本から基礎づけているか。逆に、これらの言説の権威を転覆したときに、どのような世界が私たちの前に現れてくるか。(『動物の声、他者の声』) この辺が面白い。断絶してるね~。 愛玩動物 犬身 少年と犬 必然的に現代の作家になる。 馳星周は割と近い題材でいろいろ書いていそうな気配があるので、別の作家を探したいねぇ……。おすすめがあったら教えてください。批評的視点が欲しいんだよなぁ……。ちょっと犬身が面白すぎて超えられる気がしない。 むむっ。