連休明けの5月。空腹でふらふらになりながら、数ヶ月ぶりに電車に乗って二駅先の病院に向かった。子供が大人になったらいつか終わると思っている行事No.1、健康診断を受けるためだ。
4月末までに希望日時を出せばいいはずだったのに勝手に総務で予約を入れられて、私の受診時間は午後の三時だった。この健康診断は途中で採血があるので、受診の十時間前から水とお茶以外なにも口に入れられないのだ。去年その注意書きを一切見ずに受付で恥を欠いた身としては今度こそ模範的受診者にならなくてはならない。私は文字通り腹をくくって前日からの二十時間の断食を受け入れたのだった。
昼過ぎの診察はスムーズに進んでいるようだった。胸部X線を終えて、去年同様に身長・体重計測へ進む。座高ってなんだったんだろうな。スリッパを脱いで計測台に登る。頭の上からレバーが落ちてきて、がちょんと無遠慮に頭をはたき返っていく。結構です、と看護婦さんが計測値をこちらに見せてくれる。
「なにか最近の計測と変わったところなどございませんかー?」
小学生じゃないんだから今更身長なんて変わったところがございますわけないだろ、そう思って数値に目をやった私は肝の冷える思いをすることになる。
体重が増えている。
「まぁ……そんなに……特に変わったところはないですね……?」
びっくりしすぎて嘘をついてしまった。いやここで「体重が増えてます!」って主張してもしかたがないんだけれども。主張した方がよかったのか?
それからは体重のことで頭がいっぱいだった。検診で「不整脈の気がある。去年もそう言ったが覚えてないのか」みたいに詰られた気がするがそんなことはどうでもいい。いっそその話を遮って「やっぱり運動ってした方がいいですかね?」と聞きたかったくらいだ。聞かなかった。しろと言われるに決まっているから。
体重。
自慢じゃないが、いや、これは一種のパーソナリティーを形成していたと失った今になって気がついているが、私は生まれてこの方標準体重をオーバーしたことが一度もなかった。子供の頃から高校まで小柄で、所謂ガリチビの勉強ができるガキだったのだが、大学で外の仕事において自分が何の役にも立たないことに打ちひしがれて筋トレを始め(この顛末について書くと9本くらいのシリーズ記事になる)、そこそこに筋肉をつけて以来ぴったり標準体重のままこの歳まで生きてきた。
それが体重増加。10%。方程式を解かないでください。
BMIこそ標準に収まっているが適正体重からは誤差で済まされない範囲でオーバーしている。ショックだった。なんとなく自分の体重って永遠にこのままだと思っていた。外の仕事と言っても車に乗ってばかりで大して動いていないのだから、在宅デスクワークになったところで体重なんて増えないだろうと思っていた。
あまりにもショックだったため、私は2週間ほどこの数値のことは考えないようにしていた。ようやく鏡を見る気になったのは友人と雑談の折にその話題が出たからだ。正直鏡を直視するまで、自分の体重が本当に増えたとは思えなかった。それを確認するために鏡を見たのだ。
……いや、太っている!さらにショックだったのは自分が太った(さっきまで体重増加って言って濁していたのに直接的表現を行ってしまった)ことに一切気が付かなかったことだった。顎の下と、あと腹に少々。顎ってなに!?そこにつくのか!?人間が太ったらもっとわかりやすく腹が横に伸びるとか太腿が太くなるのかと思っていた。確かにマイナンバーカードのために撮った写真が笑えるほどぶちゃいくだなとは思っていたが。なんでそんなところにつくんだ。全然わからん。太りビギナーだから。
あとから別の友人にも「正直顔の周りが太っているとは思っていた」と指摘された。言えよ。いや、言われても否定した気がする。なんなら指摘された後も否定した。カメラのアングルのせいもあるって言った。
もーむかついた。絶対に標準体重に戻す。BMIはまだ適正だとかそういう問題ではない。これは矜持の問題だ。己がどのように生きるか。どの体重で生きるかは私が決める。見ておけよお前達。こんなの一瞬だから。一瞬。3日で落とすから。
正直少し楽しみでもあった。自分のステータスが数値化されるのは結構好きなのだ。人生で一度しかやらないからな。ダイエットなんて。あすけんっていうアプリが流行ってるんでしょ?
早速その日から筋トレを始め、体重計を買った。アプリ連携できて毎日の記録が簡単なタイプにした。ガジェット好きなのでその点も嬉しい。数日後、届いて早速封を開け、わくわくしながら真新しいライトブルーの体重計に乗る。その数値。
標準体重から12%増だった。あの日は空腹だったから、下振れしていたんだね。