拝啓 バティミッションBOND様

貴方が世に出た日から四ヶ月が過ぎ、早くも日中は暑さが苦しくなる季節となってきました。お元気にお過ごしのことと思います。本日筆を取らせていただいたのは他でもありません。貴方に謝らなければならないことがあるからです。
つい先日のこと、友人と話す機会があり、最近遊び終わったゲームの話題として貴方の名前を挙げさせていただきました。二、三週間程前でしょうか。私はMission #18を終え、バディストーリーの回収がいくつか終わっておらず、まだメインストーリーが続いていることは認識していたものの、それはおまけ程度のものだろうと高をくくり、貴方の実力の大凡は見せていただいたと思っておりました。
本日、気が向いてAnother #18及び全てのストーリーを拝読させていただき、その認識が誤っていたことを知り、横面を叩かれたような思いです。貴方を侮っていた。いつも物語は終わりまでが肝要と言っているにも関わらず、一度始まった物語に対するこの始末。深く反省しています。ここにお詫びさせてください。
貴方を知ったきっかけはあまり覚えていません。多分SNSか何かでお見かけしたのでしょう。昨年に逆転裁判とダンガンロンパを遊んだ身としましては、現代の推理ゲームとして貴方の登場に心惹かれ、体験版をダウンロードさせていただきました。
私が体験版で素晴らしいと思ったのは、推理ゲームの要素ではなくてテキストの丁寧さでした。ルーク君もアーロン君も決して個性的なキャラクターではありません。少年漫画の王道を行く、真っ直ぐな青年達かと存じます。しかしその語り口に単調さはなく、ちょっとしたジョーク、些細な台詞に見える思いやりなどが二人の生き生きとした捜査を目の前に描き出しました。私は結局の所、推理ゲームとしてではなく、「この物語の続きが知りたい」という物語に対して現れる最も原始的な欲求に導かれて購入を決めました。今思えば、それが最後まで続く私の過誤の元ですが、今はまだ筆を進めることとします。
少し物語の外の話をしましょう。私のようにテキストを愛するものにとって、潜入パートは手間に思ってしまいましたが、このために作られた3Dモデルはとても愛らしかったです。ただ、せっかく知性を張り巡らせて獲得したヒーローゲージが減るアクションパートは興ざめでした。きっと貴方の偉大な先輩たるダンガンロンパさんを意識したのでしょうね。
また、読むものにストレスを感じさせない立派なUIにも感心いたしました。物語が優れていようとも、やはりそのような点に気配りされないゲームは、物語を伝える気があるのだろうかと眉をしかめてしまうものです。
さて物語の話に戻りましょう。Mission #4からはモクマさん、チェズレイ氏が加わり、途端に画面が賑やかになりました。お二人の性格も相まって、この辺りから急激に男色のお約束の気が強くなってきて私には少々刺激が強く、しばらくお休みをいただきました。未来ある中学生女子が貴方をプレイして、いろんなものに目覚めるきっかけとなるところを想像しました。悪い人ですね。
しかし、今ではモクマさんのこともチェズレイ氏のことも大好きです。それは彼らがルーク君と歩みを続けるにつれて、二人が単なる記号ではなくなったという極めて自然な物語の効果なのでしょうね。特に、ルーク君が最後までモクマさんの力になれなかったにも関わらず、それが決して二人の不仲を示すものではないという描写には感服致しました。そのような状況は世界にありふれていると思えるからです。それが食という個人的にも興味深い小道具と共に描かれているのも絶妙な選択かと思います。チェズレイ氏については、最初はこんな人を好きになるのはベタすぎて恥ずかしいとさえ思っていましたが、やはり彼が情念の男として描かれるとその情念が決して蔑ろにされないように応援せざるを得ませんでした。顔の美しい彼がBONDのメンバーと共に暮らすことでその顔に柔らかい表情を湛えるようになった、そのことにルーク君と同じように私も喜びを覚えたのです。
主要な四人の他にも、若いながらショーマンとしてのプロフェッショナルな意識を持ち、そうでありながらもこちらに弱みを見せてくれる可愛いところもあるスイさん、そのスイさんが密かに憧れを抱く切れ者の女警察官ナデシコさんと、貴方の物語はまさに王道たる面白さで私を惹きつけました。だからこそ、シキ君の死に、私は素直にがっかりしてしまいました。これだけ魅力的な登場人物を並べて殺す時には舞台装置か、と。彼が5人目のBONDになることは何故叶わなかったのか、と。シキ君の生前の描写はかなり限られており、サイドエピソードさえもありません。普段推理小説を読む私ならそこに違和感を覚えるべきだったにも関わらず、すっかり物語に魅了した私はそこに作為があることを疑うことさえしませんでした。
立ち止まって推理に戻るチャンスは何度でもあったはずです。例えばシキ君の服装。私はあれが和風のものであることにはかなり違和感を覚えました。貴方の中で和風のテイストはマイカに専有させているもので、シキ君がそれを犯す必要性がないからです。彼の出自を知れば、あれは当然の選択でしたね。また、Mission #18自体にももっと違和感を覚えるべきでした。ここまで少年漫画的王道を貫いてきた貴方が、エドワードに対してあの終わり方で満足するはずがないからです。そうでなければ、サイドエピソードに彼の章があることの意味がなくなってしまう。
結局の所、最後まで貴方を侮っていたことが推理読みとしての私の敗因だと言わざるを得ません。小説の途中で脱落した人物を疑え。推理の基本中の基本です。豊かなテキストや男色の気に押されて、私は貴方の評価を誤っていました。勿論、いくらどんでん返しが好きな私とは言え、最後にしてやられたからと言って全てが推理ゲームとして一級品と断言する訳にはいきません。貴方の魅力はやはり王道を丁寧に描くストーリーにあるとは思います。しかしその上で、貴方にそんなつもりはなかったでしょうが、貴方はその王道とされる認識さえも利用したと言えるのです。お見事です。
Another #18を開くために、バディエピソードは勿論、サイドエピソードも全て開いてしまいました。もうここに新たな物語は生まれない。コンスーマーゲームの宿命ですけどね。今はただ、それが寂しい。
そろそろ筆を置くことにします。今後も貴方の物語が多くの人に愛されることを願って。
敬具