何故安蘭寺くろみは安蘭寺くろみを名乗るのか?


重要参考文献である殊能将之のブログが未見のため勘違いが含まれる可能性がありますがせっかく書いたので公開します(そのためのブログだし……。)何かお気づきの際は御指摘してください。恥ずかしいので。(3/29記)
安蘭寺くろみは円居挽の最新刊、「さよならよ、こんにちは」の主に書き下ろしパート(「京終にて」)に登場する謎の女性である。
いかにも胡散臭い名前だが、本人も登場人物達に向けて「人間相手に教える名前だよ」と嘯いている。その本名は人類には認識できない音なのだそうだ。自身の正体は「本陣半の中に潜行する存在」、と語っており、おそらく鏡花の会の信仰対象であり御堂丁や御堂辺理がその身に下ろす「はたたみ様」であると考えるのが自然だろう。
さて検索してもらえばすぐにわかるが、「安蘭寺くろみ」という名前の元ネタは殊能将之の「黒い仏」だ。「安蘭寺」は物語の舞台となる架空の寺院の名前、くろみはその寺の本尊の愛称である。
「黒い仏」に関する解説はインターネットに数多くあるので詳細は譲るが(参考1)、作品全体がクトゥルフ神話を下敷きにしているそうで、安蘭寺という名前はクトゥルフという言葉のもじり、本尊の「くろみ様」は神のニャルラトホテプの像を表しているらしい(参考2)。
円居挽は殊能将之のファンを公言しており(参考3)、麻耶雄嵩の作品を始め、たびたび固有名詞を他所から引用してくる挙動を考えれば珍しいことでもない。
つまり安蘭寺くろみが安蘭寺くろみを名乗るのは、作中で人智を超えた存在として描写されてきたはたたみ様が名乗る偽名として、敬愛する作家がニャルラトホテプにつけた固有名詞を選んだからだというわけだ。そう考えると、彼女が本名を名乗る際の「空気が漏れるような、テープを早回ししたような妙な声」という描写もそれらしく思える。
(※少し飛躍はあるが、はたたみ様自身が「黒い仏」の知識をもっており、この偽名を選んだと考えることもできる。ルヴォワール作中の中では殊能作品への言及こそないものの、麻耶作品が実在していることを仮定しなければ不自然な台詞回しが見られる)
と、ここまでの論考をひっくり返すようなことを言うが何故突然、「黒い仏」なのだろう。円居の固有名詞使いが唐突なのはよくあることだが、いくらなんでも唐突過ぎはしないか?
「京終にて」の中盤には「KUROMI ANRANJI」(参考4)とローマ字表記で安蘭寺くろみの名前が登場するシーンがある。わざわざ字体を変えておどろおどろしく記されたこの一文には少し違和感がないでもない。強いて言えば、ここでローマ字表記が出てくる意義が感じられないのだ。
円居作品におけるローマ字表記といえば、丸太町ルヴォワールにおいて城坂論語が御堂達也へのメッセージとして利用した即席の暗号が挙げられる。暗号はアナグラムを利用していたため、話の流れから見ればいささか唐突に感じられるが、それこそが御堂達也がこの一文を暗号と見る手がかりになったのである。その唐突さに似た違和感が、この「KUROMI ANRANJI」にも感じられるのだ。
改めてKUROMI ANRANJIの文字を見てやると「KAMINARI」の文字が拾えることがわかる。
ルヴォワールシリーズにおいてかみなりといえば雷神の子、そして神成りの達也の象徴だ。そして何よりも安蘭寺くろみ、すなわちはたたみ様は「御神木に『落ちた』」と記されており、おそらく雷に関連する神か、雷そのものとして描かれている(今出川ルヴォワール・講談社文庫・P230)。
さてそうすると気になってくるのは残りのローマ字だが、残念ながらここからは意味のある言葉を拾えない(RNZUOの5文字)。「KAMINARI」の8文字を拾うためには「安蘭寺」と「くろみ」の両方を名前として使う必要があるため、残りを細工する余裕はなかっただろう。
つまりはたたみ様、あるいは円居挽が固有名詞として「安蘭寺くろみ」を選んだ理由はもう一つあった。はたたみ様の正体である雷を暗示させるがゆえの固有名詞だったのだ。
あとがきにて円居挽は、「さよならよ、こんにちは」には一貫して「もう失われてしまったものを書く」というテーマがあると述べている。
失われてしまった作家は、読者の記憶から消えていく。円居挽が残したかったものは、こんなところにもあるのかもしれない。
参考文献
1:http://www5a.biglobe.ne.jp/~sakatam/book/r185.html
2:http://www13.plala.or.jp/Ragnarok2/file/tyuutyuu.htm
3:https://twitter.com/search?f=tweets&vertical=default&q=from%3Avanmadoy%20%E6%AE%8A%E8%83%BD&src=typd
4:https://twitter.com/vanmadoy/status/1107976521174515713 ANRANJIの綴りはANRANZIの間違いであったと作者から言及あり

友人諸氏と立て続けに会ったが全員に「アイドリッシュセブン四部らしいけど大丈夫?」と聞かれ(まだ読んでないので知りません)半数に「円居挽全然ツイッターに浮上しないけど大丈夫?」と聞かれた(円居挽の母ではないので知りません)

さよならよ、こんにちは (星海社FICTIONS)   円居 挽

その可能性を買っている

作品管理画面を眺めるのが好きだ。こう書くと承認欲求振り回され人間かよと思われそうであまり言いたくなかったのだがその思考が既に自意識強火人間の発言なので脇に置くとして、自分のpixivの作品管理画面を見るのが好きだ。
評価されている作品もあればそうでない作品もあって、どうしてなんだろう?って考えながら眺めるのが好きだ。勿論私はマーケティングの知識などないのでそれらはただの妄想なのだが、タグによってどう変わるかとか別作品と関連付けたらどうだろうとか、見てると結構オモロイのだ。
本題。二年前の今頃出した本の再録をした。これがびっくりするほど閲覧数が伸びない。原因が全然わからん。表紙はカットしてお出した方がよかったのかな。
待って。絶対!絶対勘違いして欲しくないのだが!これは愚痴じゃない!ここははてな匿名ダイアリーでもないぞ!
ちょっとそうなるかもなという予感もしていた。というのも、二年前に出したこいつのサンプルはびっくりするくらい閲覧数もブクマ数も伸びたのだ。サンプルの閲覧数が本編の十倍。いいオチだ。オチがつくのはいいことだ。
このサンプルの評価が伸びたのも面白くて、これは多分収録ページを長めにとって、まるで一つ短編のように出したのがよかったんだと思う。しかもちょっと万人受けしそうな温かみのある終わり方になってる。で、本編を読んでもらうとその温かみは序章に過ぎず、そう簡単にはいかないよねと話が展開していくのだが。このやり口は正直気に入っているが同人誌はそこまではけなかった。これはまぁある程度想定内で、一つは明らかに東京のイベントに出なかったのが原因。あとはやっぱり、通販って面倒だよ。BOOTHだから一冊あたりの送料も高いし。
それで、だ。繰り返すようだがこの一連の話は愚痴でも反省でもないので湧き上がったこの念は本当にただの念なのだが、再録した今となっては思うのだ。「サンプルを出す時に全編を出せたら、もっと多くの人に読んでもらえたのになぁ」と。
ここ半年程、原稿戦士の友人諸氏に「どうして作品を紙の本にするの?」と尋ねて回っていた。というのも、私自身は結構インターネットにラブなのだが、自分でもそのラブの根源がどこなのかよくわからず、それを探りたいがためにちょっと話相手になってもらったのだ。それがここまで来てようやくわかった気がする。多分私は自分の作品が誰かに刺さる「可能性」が欲しいのだ。
ちょっとこれはどこの青い鳥が飛ぶSNSで見たのか忘れたが、ある作品が読者の胸を打つ可能性というのはどんなに作品が世に出て時間が経とうが世間の評価が固まろうが、決して0にはならない。ただ人の目に留まる可能性が時間と共に減衰していくだけだ。商業出版においては、そこに電子書籍やSNSといったツールが介入してきて連載再開あるいは復刊という運びになるという話も近頃は多く、よかったですなぁ本当に(といった趣旨のツイートだったと思う)。でもこれは同人においても同じで、いくら原作との設定違いが出てきても今の作者からすると絵が下手でちょっと直視が厳しくてもキャラの髪が当時は短かったことが判明しても以下略、その作品が誰かに傷を残す可能性は0じゃない。売り切れにさえならなければな!
紙の本とインターネットは何が違うんだろう。装丁に拘れる?紙の本の方がゆっくり読んでもらえる?それでも絶対にこれだけはインターネットに利があると断言できるのは閲覧数だ。なんなら閲覧数だけだ。でも単純に読んだ人が増えて欲しいわけじゃない。もしかしたらいつか誰かの胸を刺すかもしれない、そういう可能性をその作品に残しておいてやりたいのだ。商業ではそれはツールの力を借りなければできないことだった。でも同人作品でそれをするのは簡単だ。そう、ワールドワイドウェブならね。
だからできることなら、サンプルを読んだ5000人に、最後まで読ませてあげたかった。5000人もいたら数人くらいは胸に傷が残る人もいたかもしれない。でも今や再録してもそれは敵わない。出会いは一期一会だからな。
私はアイドリッシュセブンに来る前にどこに出ても恥ずかしくないマイナージャンルで活動していたのだが、イベントに出て頒布数が一桁だった思い出がある。それはまぁ負の感情ではなく、結構な感動だった。だって同人誌作るのって一ヶ月とか二ヶ月とかそれよりもっとかかるんですよ。でもこの中身を目撃する人は世界中に一桁!一桁か!それって凄いことだな。
いやじゃあ何人なら満足なの?と思って当時はそれ以上思考を進められなかった。でも可能性の話なのだ。今一桁だったとしても、これから先にいつか誰かの胸を刺すかもしれないって思ったらやっていけるだろ。
で、この話にはオチがある。冒頭の再録した同人誌だが、閲覧数対のブクマ数が異常に多い。物理在庫が大量に余っていたので(あと絵を直視できないので)ちょっと迷ったが、本にした当時もらった感想を思い出して嬉しくなったので再録することにした。ありがたいことです。
すばらしい新世界を読んでいたら、複数の場面を次々と切り替えていくという表現が出てきた。章の最初の方は転換から転換が長いけれどこれが徐々に短くなっていって、最後の方は一つの台詞が終わるとすぐ次の場面に飛ぶ。同時に展開する場面が3つ以上あるので誰が何言ってるんだかよくわからなくなる。サスペンス物の映画やドラマをイメージしてもらえるといい。多分小説にもそういう技法があるんだろう。
カッコいいと思ってるのか。思ってるんだろ。
読みづらいぞ。
古典を読んでいると、自由だなぁと思うことがままある。起承転結とか三幕構成とか、そういうのない。私はプロットを立てるのが苦手なので、たまにストーリー構成の教科書的な本を読んでみたりするのだが、そういう本に言わせたら凄い量の駄目出し食らいそう。
でもこういうものの方が同人の参考にはいいのかもしれない。
前述の教科書は冒頭によく「この本はエンタメをかくための手法だ」という旨の断り書きがある。純文学にハウツー本があったらちょっとウケる。
同人はエンタメではないのかもしれない。他人を楽しませるために作るものではないので。体系としての純文学について詳しくないのであまり突っ込んだことを言えないのだが、同人の、時にストーリーの本筋から離れたコマや一文にかける情熱も純文学らしいといえば純文学らしい。そして存外読者が心を揺り動かされるのはそういった部品だったりする。実際、すばらしい新世界の場面転換が新世界の雑踏的雰囲気を醸し出すことに失敗しているかというと全くそんなことはない。カッコいいよ。大変結構。
同人は純文学か、もしくは詩にも近いと思う。この場合、エンタメに対応する単語は物語かもしれない。「詩」は得意な方なのだが、物語を作ってみたいという欲もまた別にあり、難しいな。変化を描くのが苦手なのがいけないんだろう。
追記メモ:マイナーポエット、日本の文学史における物語の筋論争(19/06/01)

今年読んだ本五冊

高慢と偏見
多面的に今年面白かった本はぶっちぎりでこれですね。ご高名はかねがね……って感じですけどどういう話か知ってます?私は知らないで読み始めたんですが……。ラブコメです。圧倒的筆力で描かれるラブコメ。読んでる途中で笑っちゃったもん。キングレオの冒険もそうなんですけど、「本格ミステリだと思ったらBLだった!」とか「古典文学だと思ったらラブコメだった!」みたいな驚きに弱いんだよな。まぁ古典文学というカテゴライズはこの場合不適かもしれませんが。
DINER
まぁ当然のごとくダイナーRの雰囲気掴むために読み始めたんですが……それは置いておいてめちゃくちゃおもしろかったな。2018年度エンタメ部門一位ですね。まぁエンタメはかなり読んでるときの精神の調子に左右されるんですけど。でもこういう女男バディモノ(主役は女)好きなんですよ。おまけに動物も出てくる。完璧だな。続編で女が男を助けに行くところまで完璧。
死体と飯の描写が上手い小説はいい小説。そう思いません?
星か獣になる季節
これもアイドル関連の勉強用に……と思って読み始めたら一文一文の文章の圧が強すぎて怖くなってしまった。出来事に対して乗せていい適切な量のエモがあるでしょうが!詩人の書いた小説、こういう風になるのか。そういう意味ではちょっと同人小説っぽいですね。勉強になるな。
性食考
本当に驚いたんですがこのテーマでまとめられた先行文献なかったの……?これは絶対に刺さるオタクいますよ。異類婚姻譚とか贄概念とか神話と童話とかみんな好きだろ。私はナメクジに溶かされるトカゲのところが一番エロいと思ってます。
ゼロ年代の想像力
これの前に動物化するポストモダンを読んで全然共感できねぇ……という前振りがあったので俺達のオタク論という感があり大変よかった。出てくる作品もかなり見たり読んだりしたことがあったので実感として話についていけたのも嬉しかったな。最後で「オタクよ、コミュニケーションを取れ!」みたいなこと言われたのはびっくりしましたが……。放っといてくれ。
ミステリがランクインしなかったな。2019年はエンタメ方面ではSFを履修したいです。今は最後にして最初のアイドル読んでます。アイドルは自己複製ができるので生命体、了解!
あとフランケンシュタイン→批評理論入門→ピグマリオンが面白かったのでこの辺りも勉強したいですね。小説神髄読みます。