ミステリ風味二次創作、あるいは虚月館のこと

※「虚月館殺人事件」のネタバレを含みます


「ミステリ二次創作ミステリしてない問題」という問題がある。名前は今つけた。つまりはミステリの二次創作であるにも関わらず探偵が事件を解決していないではないかという主張だ。それ自体は問題とも言えないナンセンスな指摘である。サッカー漫画の二次創作もサッカーしてないしバトル漫画の二次創作もバトルしてない。二次創作における主題の大部分が性愛を始めとした感情の混沌であることは残念ながら疑いようもないのである。
しかしながら、ここで一つ疑問を提示したい。私達は二次創作でミステリをかき(書き/描き)たくないのだろうか。謎、伏線、そこから沸き上がる意外な真相。今までやられてばかりだったそういう体験を、自らの読者にも叩きつけてみたいとは思わないだろうか。
ちょっとそこのamazonで、検索ボックスに「ミステリー 書き方」とでも入れてみて欲しい。それなりの数のHow to本が出てくる。トップには綾辻行人やら有栖川有栖やら日本推理作家協会のメンバーが名を連ねる「ミステリーの書き方」なる信頼できそうな一冊が輝いている(幻冬舎・2010年)。最近の例を挙げれば、新潮社の小説誌yomyomではミステリに精通した編集者により「読みたい人、書きたい人のミステリ超入門」なる連載が行われている。
ミステリというジャンルはこの国のエンタメのかなり大きな一角を担っている。刑事ドラマなども視野に含めれば、死体と殺人が消費する可処分時間は大したものだ。性愛に次ぐジャンルといっても差し支えないとすら思う。そもそも謎を提示し、解決するという流れそのものはミステリに限らずエンターテイメントの主流であり、それを突き詰めたミステリというジャンルのHow to本に需要があるのも納得である。
でもなぁ。多分ちょっと違うのだ。
今をときめくミステリ作家の円居挽は、昨年の秋頃以下のように呟いている。

@vanmadoy
新人賞突破するとかでなく、ミステリ作品の二次創作でそれらしいものを書けるようになるための講座とか需要はありそうだな……(やらんが)
2017年11月24日

やらんのかい!でもその通りだ。「それらしいもの」で、いいのである。ミステリ作品の二次創作に限らないが、ただちょこっと「ミステリ風味」の二次創作がかいてみたいのだ。ミステリをかくのは難しい。先に挙げたHow to ミステリも、中身を見てもらえれば圧倒される。歴史のあるジャンルだけに過去の作品へも膨大な勉強が必要だ。「二次創作でオリジナリティ溢れるミステリがかけるならとっくに作家になっとるわ」。ご尤もである。けれどもそう身構えなくてもいいのではないか。ミステリ風味二次創作のトリックに新規性はいらないし、600ページに渡る煉瓦長編をかきたいわけでもない。ただいつもの二次創作にちょこっとミステリ風味のエッセンスを付け加えてみたいのだ。
さて、ではいざかこうとした時にミステリ風味二次創作の何が障害になるのか。二つ程提示してみたいと思う。
その一。読者は必ずしもミステリに精通していない。今一度、円居挽のツイートを引用させて欲しい。

@vanmadoy
ミステリを書く上で重要なのは読者メタですね。つまり「ここでこう書いたら、読者はこう考えてくれる筈」「こう騙されてくれる筈」ということがシミュレートできないとキツいわけですわ(ただ、これは意識的なトレーニングでどうにかなるとも思ってます)
2017年11月24日

この読者の思考の想定というのが難しい。というのも、二次創作の読者層は本来のミステリよりも横に広いのだ。例えば「地の文は嘘をつかない」というのはミステリ読者にとっては暗黙のルールだが、それはミステリ風味二次創作の読者には必ずしも共有されない。その中で作者はどのように伏線を張るべきか考えなければならない。
その二。トリックは主役ではない。
本格ミステリが人間を描けていないという過剰な主張は脇に置くとしても、ミステリの評価にトリックやフェアネスなど独特の基準があることは一般的に同意を得られるだろう。しかしミステリ風味二次創作はそうではない。懸命に物理トリックやアリバイを練った所で「それで何?」である。おそらく主役になるものは他の二次創作とそう変わらない。キャラクターであり、感情である。ミステリ風味の仕掛けを通して、そのキャラクターや感情が魅力的に伝わらなくてはいけないのだ。
これらの問題、特に一つ目の問題に対する解答例として、少し「虚月館殺人事件」(以下虚月館)の話をさせて欲しい。虚月館というのは円居挽によって執筆されたFate/Grand Order(以下FGO)というソーシャルゲームのシナリオだ。詳しいストーリーの解説は他に譲るが、これがなかなか興味深いミステリ風味二次創作なのである。シナリオの中で事件が起き、FGOプレイヤー全員による犯人当て投票が行われ、最も得票率の高い犯人が見事真犯人と一致すればガチャが引けるアイテムがプレゼントされる、と、こういうソーシャルゲームらしい仕様もある。話が脇道に逸れるが、京大ミステリ研時代に犯人当てで酷評されてきた円居挽がこのシナリオを通して千二百万人を超える読者に挑戦状を叩きつけるという展開はなかなか胸が熱くなるものがある。
さて読者はソーシャルゲームのプレイヤーだ。出自ジャンルも読書量も様々だろう。この全員の読者メタのシミュレーションをどのように行ったか。端的に言えば、円居挽はこのシナリオのルールそのものを懇切丁寧に説明することで、ミステリに慣れない読者の問題を誘導した。実際、このシナリオがミステリ初心者に照準をあわせたものであることはFGO運営サイドである奈須きのこによって明らかにされている。冒頭から探偵役はプレイヤーに「諸君には天井のシミや壁の木目、あるいは机の汚れが人の顔のように見えた経験はないだろうか?」と語りかける。登場人物の一人が描く人物相関図はあくまで主人公の認識に基づき、必ずしも信頼できないことは、伏線の域をこえて丁寧に強調されている。極めつけに章題はノックスの十戒と来た。ここまでくればミステリに慣れた読者であれば叙述・誤認トリックを想像することはそう難しくないだろう。しかし、ミステリに慣れた読者にとって退屈かというとそうでもない。シナリオの中で探偵役は、誤認を見破るだけでなく動機を想像することでも犯人に辿り着けると述べる。つまりフーダニットとワイダニットの二重構造になっているのだ。このワイダニットの想像は誤認トリックに比べると難易度が高めに設定されており、また動機の追求があることで登場人物の感情表現にも奥行きが加えられている。
第二の問題の解決については虚月館独自の問題を含み、一般化は少々難しい。この物語の主役がヒロイン・ジュリエットと主人公の感情の動きにあることは間違いない。何しろ描き下ろしのスチルまであるのだ。月の下で語られる二人のロマンスには一読の価値がある。しかしここで一つ問題がある。ジュリエットは立ち絵や喋り方こそFGOのキャラクターであるものの、それは主人公が実在の人物に対して自分の知っているキャラクターの認識を当てはめているに過ぎず、厳密に言えばFGOのキャラクターとは言えないのだ。これは探偵役などを除くほとんどのキャラクターでも同様であり、主人公でさえも実在の人物に憑依するという形を取っている。虚月館のFGO二次創作らしさというのは寧ろ、主人公が完全には物語の当事者になりきれないという構図にあるのかもしれない。
虚月館から得られる示唆がある。強い新規性が求められない叙述や誤認トリックは、物理トリックやアリバイトリックに比べると扱いやすいかもしれない。また、感情を描くことに直結するワイダニットは二次創作向きだろう。ただ、虚月館の手法が一般的にミステリ風味二次創作に転用可能かというと、勿論それは難しいだろう。そもそも円居挽はプロの作家だ。虚月館を執筆する上で円居挽自身が得た示唆もいろいろあるだろう。ぜひともノウハウを開陳して欲しいものである。
稚拙ではあるがこの随筆はそういう需要の存在を提示するという意味合いで書いた。仕事になるのならば、ある日円居挽が講座を開いてくれる日が来るかもしれない。
冒頭で性愛あるいは感情の混沌が二次創作の主流であると述べた。それらが読者の心に生み出すのが「共感」のようなものであるならば、ミステリが与える「驚き」もまた、創作が人の心を揺り動かす原動力の一つだろう。奇しくもここはミステリ二次創作の館「奇想館」。集う人々は個々の作品は勿論、ミステリという枠組みにも大なり小なり愛着があるのではないだろうか。ミステリが、驚きが、二次創作の場においても大衆的なものになると面白いなと思うのである。

初出:奇想館大阪篇

190525追記参考文献