クビにしてください、とチーム全員の前で土下座した。
「君一人の責任じゃないって言ってるよね。これで従業員の働き口までなくしてまで辞めさせて、ピイくんに叱られるよ」
リーダーがそう言っても、俺は頭を上げられなかった。どうして「風が強いから、今日は屋内ショーにしませんか」って言えなかったんだ言葉を思いつけなかったんだ。今年の花粉は酷すぎる、って通勤する時に思ったのに。人間には翼が付いていないから、それが何を意味するのか想像できなかった花粉から風まで想像力を広げられなかった。
他の子も待ってるから一度通常業務に戻ろう、とリーダーが皆に声をかけて、俺はのろのろとハリスホーク達に餌やりにいった。動揺が伝わらないように、屋外の檻にはビニールシートが被せられていた。それでも鳥達は何かが起きたことに気づいたんだろう。餌は決まった時間に来ないし、隣のピイも帰ってこない。ピリピリしていたカケルは俺が入ってきた途端、そんなに広くもない籠の中を逃げ回って、最後には俺に強かに噛みついた。此奴コイツが鳥類の敵だと知っているようだった。
リーダーが気を遣って早引けさせてくれたので、夕方には家に帰ってきた。ちょうど鳥も塒ねぐらに帰る時間で、家の前ではヒヨドリの大騒ぎが聞こえた。アパートの住民には不評らしいが、越してきた時は家の傍にも鳥が住んでいるのが嬉しかった。でもその声も今は俺を責めているように聞こえる。
すぐに眠ってしまいたかったけれど、布団に入っても寝付けなかった。当たり前だ。いつもなら、寝るのは一時過ぎだし、仕事はもっと重労働だ。ちょっと屋外のショーを担当して、ちょっと救急を呼んで、ちょっと餌やりをしたくらいじゃ疲れたりなんかしない。泣き疲れて崩れるように眠るなんてできない。それなら何か作業をした方が楽になるかもしれないと思ってパソコンを開いた。園のメールボックスを見ると、常連の家族連れからピイの安否を気遣うメールが届いていた。息子さんがピイのファンで、今日も一番前の子供用の席でショーを見ていた。ピイが壁にぶつかった時、何故か甲高い悲鳴があがって俺は客席の方を振り返った。そうしたら、目が合った。あの子が今日のこと、忘れられなかったらどうしよう。
車の中に置き去りにされて、熱中症で死んでしまう子供のニュースをたまに見る。あれを見かける度に思うんだ。置き去りにしてしまった親はこれからどんな気持ちで一生を過ごすんだろうって。その時に死んだ子ではなくて親に思いを馳せてしまうのは、俺に子供がいないからなんだろうか。酷い目にあったピイのことだけ考えてやりたいのに、仕事がどうとか、子供の目がなんとか、思考は周囲を旋回している。ピイ。俺のことをパートナーだと思い込んでいて、俺が檻の前まで来ると止まり木の上を飛び跳ねて、どの子よりも先に構ってもらおうとしていたピイ。俺が飛んでくれと頼んで腕を上げたから、強い風の中を飛んだピイ。
仕事を辞めて都会に戻ろうと思った。それでもきっと、鳥は街まで追いかけてくる。
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